ともしび 99/08/17 22:42投稿
1945年8月6日、2才のサダコは、原爆で被爆しました。
10年後、サダコは、白血病で入院しました。
サダコは、生きるために、千羽の鶴を折り始めました。
しかし、同年10月25日に、12才のサダコは原爆症で死にました。
サダコが折った1300羽の鶴は、見えない姿になって、
世界中へ、はばたいて行きました。
鶴たちは、今、多くの国で憎しみを溶かし、平和を訴えています。
サダコは、自分の命はすくえませんでしたが、多くの人を救おうとしています。
http://next1.yasuda-u.ac.jp/nagatuka/kids1000/99/
http://www.csi.ad.jp/suzuhari-es/1000cranes/turu/children-sjis.html
「 ともしび 」 Copyright (C) 1999-2000 by hideaki okazaki. All rights reserved. http://www.fsinet.or.jp/~hydesan/
ロシア民謡
世界平和の為の投票所 | 地震発生量の信号機